2009年11月12日
我 仕 分 中
政府では、税金の無駄遣いを洗い出す事業仕分けに着手。
一方、 Shinorar は携帯電話に登録されている曲の仕分に着手。
現行320程の曲を300弱に絞り、かつスルーする確率が高い曲を他の曲にスイッチ。実質50曲弱がなくなる、または変わるざっくりな換算。
あの曲入れたい、これ曲も入れたい、この曲は消そうかなぁ・・・アタヾ(・・;)ノヾ(;・・)ノフタ
先陣を切って、サントラミュージックを中心に第1ステップが終了。次は洋楽80年代のヒットソングに着手。政府同様、仕分作業は来週一杯はかかりそうである。
これがShinorar流仕分作業である・・・何のこっちゃ (^^ゞ
投稿者 shinorar : 22:42 | コメント (0)
2009年11月11日
発 表
湘南国際マラソンのサイトでカテゴリ別に全選手のタイムが掲載。
我が Shinorar のタイムは・・・1時間16分55秒。
予定より1分55秒遅かった・・・残念━━(;゚□゚)━━ッ!!
距離にすると約250メートル遅れ。たかが250メートル、されど250メートル。
時間が経つにつれ、悔しい気持ちが増大。次こそ目標タイムを破ってみせる・・・。
投稿者 shinorar : 23:36 | コメント (0)
2009年09月19日
悲 鳴
両足のふくらはぎが対に悲鳴を上げた。
野球に加え、マラソンに向けた練習を重ねるうちに、いつしか下半身に大きな負担が掛かってた。
毎週、体調を整えるために接骨院へ通院。6月あたりから異変を感じ、入念にマッサージして頂いてたのだが、今週はゾウさんの如くふくらはぎ(ひらめ筋)がはれ上がってしまったようだ。
肩の痛みも癒えてはないが、今日は両足を中心に入念なマッサージを施して頂いた。
明日、明後日は久々の連戦です。下半身の腫れ同様(?)、試合前なのだが既に戦闘モードに切り替わってる。
ついては体のケア、そして試合に集中するため、明日はブログ休みます。m(_ _"m)ペコリ
投稿者 shinorar : 23:50 | コメント (0)
2009年09月15日
道 標
日本テレビ「NEWS ZERO」のエンディング曲、マシャの「道標」は最近のお気に入りソングである。
サビの部分の歌詞を抜粋
♪~人に出逢い 人を信じ 人にやぶれて~♪
♪~人を憎み 人を赦し また人を知る~♪
♪~風に吹かれ 泣いて笑い 生きるこの道~♪
♪~あなたの笑顔 それは道標~♪
この部分を聴くたび、自身の半生と野球との関わりがこの歌詞と合致してる、と感じてならない。
「人」の部分を「野球」に置換。
野球に出逢い 野球を信じ 野球にやぶれて
野球を憎み 野球を赦し(ゆるし) また野球を知る
野球が好きになり、大学生でようやくプレーする事が解禁、より一層野球の楽しさを覚えた。
社会人になり野球に関わる職につき、学生時代に培った野球論を貫き、野球を通じて宇佐美さん(故宇佐美徹也氏)にお会いすることが出来、幼少時代からの夢を叶える事が出来た。
しかし、野球漬けの毎日に疲れ公私の区別がつかなくなり、次第に野球が嫌いになり、逃げるようにして会社を退職。
しかし時間がそれを忘れさせてくれ、野球を許し、そして野球の魅力を改めて知り今に至る。
これが40年近く生きてきたSHINORAR流の道標・・・かな ^^;
投稿者 shinorar : 23:56 | コメント (0)
2009年08月23日
甲 子 園
高校野球のメッカである阪神甲子園球場は鳴尾村(1951年に西宮市と合併)に流れていた申川(さるかわ・武庫川の支流)を廃川とした後にできた埋め立て地に1924年(大正13年)に竣工された。
この年は十干・十二支の最初の組み合わせに当たる甲子年(きのえねのとし)という60年に1度の縁起の良い年であることから、阪神電車甲子園大運動場と命名された。
最近何かと 「○○甲子園」 と名づける大会(ダンス、映画、俳句、格闘技、M-1などなど)を見掛けるが、 ”甲子園” はブランドでない事を関係者方は早く理解して欲しい。
その記事、広告を拝読するだけで、 「うざい!」 です。 ^ ^ ;
投稿者 shinorar : 23:12 | コメント (0)
2009年08月09日
激 変
都市型豪雨の猛威は一向に衰えない。
今日はリーグ戦であったため、藤沢市からいざ世田谷へ・・・。
新横浜を通り過ぎてから、雲行きが怪しい事に気づく。
そして都築ICあたりから雨が降り始めたのも束の間、1時間40mmクラスの豪雨に遭遇。
前に走行の車の速度が次第に落ち、視界も100m以下に急落。
東京都内に入っても局地的に豪雨が・・・。
すると一本の電話が。
今日は中止です・・・ガックリ。
グラウンドを前にそそくさと藤沢へ逆戻り。
先ほど遭遇した雲は消え、道路はあっという間に乾き、何不自由なく1時間余りで帰宅。
藤沢市は一滴の雨音も聞こえず。
2時間余りのドライブ、これに完了。 T T ;
投稿者 shinorar : 23:33
蔓 延
今年の芸能界には何かと 「麻薬汚染」 に取り付かれている。
かつてAC(公共広告機構)のCMで、
「覚せい剤止めますか?それとも、人間辞めますか?」
と詠ったキャッチコピーが話題となった事を思い出す。
今の芸能界、どうかしてる!! 同情の余地なし!!
人間辞めろ、とは言わない。
もはや、蔓延しつつある麻薬根絶に向け、芸能界全体で早急な対策を打たねば、「メディア衰退」の加速化は避けられない。
投稿者 shinorar : 00:53 | コメント (0)
2009年07月26日
球 宴
現在NPB(プロ野球実行委員会)では、オールスターゲームとアジアシリーズの開催方法の見直しを審議している。
見直しの要因としては、「セ・パ交流戦が定着した反面、オールスターゲームの新鮮味が失われつつある」との意見が挙がっている。実行委員会は、2010年開催分は現行通り2試合開催、2011年以降の開催方法については継続審議とした。
またアジアシリーズも、2008年開催分は冠スポンサーが付かない事が原因で約2億円の損失を計上。
NPBはそれに代わり、日本と韓国のプロ野球優勝チームによる国際試合を開催する案が提案されたものの、アジアの野球振興の観点から台湾や中国への支援策を求める意見が出るなど結論は見出せず、こちらも継続審議となった。
これらの背景には、かつては2億円近く(推定)に及んだ地上波テレビ中継の放映権料が近年の視聴率低迷に伴い下落の一途をたどっている事が挙げられる。
また、冠スポンサーも三洋電機の撤退以来、長期契約を希望する企業が未だ現れていない。2008年からは、広島東洋カープのオーナー企業であるマツダがついているため、「マツダの面立て」として、カープに花を持たせる側面も見せている。
現在、オーナー会議及び実行委員会では今後のオールスターとアジアシリーズの開催方法について継続審議しているが、これらNPB主催の収益事業は既に頭打ちとなっている側面がある。また一部では、日韓オールスターや日本代表の定期戦実施などを求める声もあり、今後の審議次第では、近い将来にプロ野球の運営体制そのものが大きな変革を起こす可能性もある。
と、ここまでは今後のオールスターゲーム継続開催などについて、公文書を参考に記述した。
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>オールスターゲームの新鮮味が失われつつある
交流戦が浸透された事により、他リーグとの対戦が毎年見られ、それがオールスターゲームの新鮮味を落としているのは否めない。
しかし、NPBに反論したい。
世間から何と言われようが、オールスターゲームは続けるべきであり、
存在感が薄れる事は決してない
一番の理由、それは、(選考基準に問題はあるとはいえ)今をときめくスター選手が一同に集まるのはオールスタゲームしかない、という事である。地方開催となれば尚更である。
ファン、将来プロ野球選手を目指す子供たちにとっては、迫力あるプレー、生きた手本を間近で見ることができる絶好の機会でもある。そして、(ファンが)そこで得たものは、数年経ってもそう簡単に淘汰されるものではない。
当分はこれまで5回オールスターを観戦した。
1983年第3戦、落合の2連発を観て、「パリーグにもこんな恐ろしいバッターいるんだ」と痛感。
1986年第3戦、吉村の2本のホームラン。2発目はサヨナラ2ランでパリーグの3タテを食い止めた。
1991年第3戦、野茂が代打に立ち、工藤がレフトの守備位置に付く、これぞオールスター。
2002年第2戦、チケット争奪戦に苦労した末の観戦。MVPが的山?
2008年第2戦、えっ、クルーンの161キロの速球を日高がホームラン。信じられない!
観戦するたび、随所で「これぞプロ!」とうならせるプレーを見せて貰った。何回観にいってもオールスターはいいもんです。
>オールスターゲームの新鮮味が失われつつある
こう発言するNPBの態度は実にナンセンスでならない!
俺から書かせてもらうと、こいつら球場へ足運んでないのが丸見えでならない。
新鮮味なんてなくてもいい。
多くの方々にオールスターゲームをご覧頂く場を提供し、
オールスターゲームの存在価値を将来へ継承する事を優先すべきである。
投稿者 shinorar : 23:40 | コメント (0)
2009年07月21日
初 体 験
これはうちの妻に振りかかった大事(?)な出来事である。
連休中のある日、食料を買いにスーパーへ出かけた。
出かけた途端、若い坊主男3人衆と遭遇し声を掛けられた。
ただし、全員が日本語を知らない外国人。
今までに無い経験。・・・さぁ、困った。
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(以下、妻へのインタビューに基づく)
外 : EXCUSE ME.
妻 : 何?
外 : BEACH.
妻 : どこの?
外 : (なに言ってるか解からず、会話ストップ)
妻 : KUGENUMA BEACH?(鵠沼海岸に行きたいの?と伝えたかったのでしょう。)
外 : (うなずく)
すると、妻は場所を教えたく、メモを書くそぶりを見せる。
それに察した彼らはメモを差し出す。
妻はそれに応えるべく、海岸までの地図を書いた。
すると、
外 : 目印となるものは無いのか?(妻の解釈) (In English)
妻 : (困ったなぁ)
そこでとった行動は、GO STRAIGHT で海岸へ行けるところまで
3人衆と束の間のお散歩。
3人衆と別れるまで約30分、ボディLANGUAGEを駆使(?)した
初の道案内任務(TO FOREIGNER)、めでたく完了。
・・・ご苦労はんでした^^;
投稿者 shinorar : 23:25 | コメント (0)
2009年07月14日
不 在
12日に行われた東京都議会選挙は、自民党敗退、民主党躍進、そして与野党が44年ぶりに逆転する結果に終わった。
一部の自民党議員はこの結果を重く受止めるのと同時に麻生総理の退陣を要求。
挙句の果てには、参議院にて問責決議案が可決され、その影響で国連安全保障理事会決議に基づく北朝鮮貨物検査特別措置法案のほか国家公務員法改正案や労働者派遣法改正案など、実に17もの法案が審議未了廃案になる見通し。国会は機能停止状態。
麻生総理の退陣を要求しても直接印籠を渡すリーダ格がいない。
たとえ国のリーダが代わっても、死に金は絶えず、
国の借金は増えるばかり。
一番偉ぶってる人たちへ、俺たちはいつまであなたの遊びに 目をつぶらねばならないのか? 一番偉ぶってる人たちへ、俺たちは何をすればいいのか? 一番偉ぶってる人たちへ、俺たちは俺たち以外に誰を信じればいいのか? |
投稿者 shinorar : 22:42 | コメント (0)
2009年07月08日
3 / 33 / 75
2009年、ジャイアンツは球団創立75年目を迎えた。アラフォー世代の Shinorar も気が付けば野球フリーク、ジャイアンツファンになってから30年が過ぎた。
親父からグローブを買ってもらい、初めてキャッチボールをした1976年、テレビで観た王貞治のホームランがきっかけでジャイアンツファンになる。しかし野球のルールは知らず、テレビに疎い幼稚園児だった為、王選手以外の選手、ましてや長島茂雄の存在すら皆目分からず。
1977年、王選手がハンクアーロン氏の本塁打数を破る756号を放ち、テレビ越しで歓喜に沸く。また、この年から柴田、高田、張本、柳田、原田、淡口といった王選手以外の選手の名前を習得。たまたま覚えた選手が右打者より左打者が多かった影響からか、この年を機に左でバットを振る回数が多くなった。 ( 今現在も基本は右利き )
1978年、その矛先が投手にいき、新浦、角投手等の名前を習得。堀内を抜いて、ジャイアンツのエースに君臨した新浦投手に憧れ、右投手から左投手へ変貌。
1979年、江川投手がジャイアンツへ入団。世間では「エガ悪」と騒がれてた頃だが、当時は何のことだかさっぱり解からず。 ^^;
1981年、この頃には当時のジャイアンツ選手登録選手をほぼ把握。長島茂雄氏の偉大さを把握したのもこの年。(エガ悪の真相も把握) ファンの冒頭に「筋金」が入った最初の年と言えよう。
東海大学からジャイアンツへ入団した原辰徳が22本塁打を放ち新人王を獲得。松山商業出身の西本聖が18勝を挙げる大活躍。更に中畑選手の負傷により出場機会を得た篠塚和典(当時は利夫)が大ブレーク、そして彼の打撃フォームに憧れを持ち始める。 (現在進行形 ^^;)
1985年、エース・江川が100球病に掛かる不振ぶりに直撃。それに追い討ちを掛けるように、いけいけどんどんのタイガースフィーバーに呑まれ、友人の中でもタイガースファンが急増。また、シーズン本塁打記録が掛かったバースへの敬遠攻め、ドラフト会議(通称KKドラフト)における一連の騒動をメディアを通じて拝見し、ジャイアンツへの愛情が一番揺いだ年であったが、王さんが監督として務めてた為スワップせず。
1986年、優勝争いの真っ只中で頭部へのデッドボールを受けたクロマティ選手の活躍ぶりに感銘を受け、前年の揺らぎが一掃。
吉村選手の大怪我、10・8決戦を観てるうちに社会人となり、ゲーム会社へ就職するも、野球への道を捨てきれず、1998年に小さいソフトウェア会社へ転職。そして1999年、夢にまで見たジャイアンツ球団関係者との出会い。密な関係はわずかに3年余りであったが、そこで得た恩恵は今も生きている。( 特典 : 事前アポを取っての顔パス + 定価でチケットが買える )
21世紀に入り、FA選手の相次ぐ強奪、ユニフォームから「TOKYO」が消滅、渡辺オーナー(当時)の度重なる不適発言の影響により、仲間が消え(ジャイアンツファンを卒業した野球ファンの急増)、他チームファンから冷たい視線を浴びるも、選手・スタッフを信じ、我意に介さず。( 球団関係者との出会いがそうさせたのは間違いない。 )
そしてファン歴33年目を迎えた2009年、元気の源には、かみさんとジャイアンツが存在している。
この先、揺らぐ事は決して無いであろう。
投稿者 shinorar : 00:28 | コメント (0)
2009年07月07日
七 夕
7月7日は七夕、1年で唯一織姫と彦星が出会える日として知られてる。
ところで織姫と彦星は恋人関係と思ってた方、間違ってます!!
実は夫婦なんです。
とある調査によれば、織姫と彦星の関係について、9割超が「恋人」と勘違いしていたことが明らかに。(91.0%が「恋人」と回答。正解の「夫婦」と答えたのは8.4%)
正しくは夫婦で、結婚した2人がイチャイチャしてばかりでそれぞれの仕事を怠けたことから、怒った織姫の父が罰として2人を引き離し、仕事をがんばったら年に一度だけ会うことを許したという中国の伝説に基づいているとか。七夕というとロマンチックなイメージがあるが、実際は恋愛よりも仕事を優先しろというせちがらい伝説・・・なんだそうです。
投稿者 shinorar : 07:11 | コメント (0)
2009年06月27日
永 遠
LA現地時間の6月25日、80年代を中心にスーパースターとして世界中で絶大な人気を誇った「ポップス界の王様」ことマイケル・ジャクソン氏が50歳で急逝された。
中学生となり夜更かしを覚えた頃、「MTV」、小林克也氏がMCを務める「ベストヒットUSA」で何度となく「スリラー」のプロモーションビデオを観た事、そして、学校では一部のクラスメイトが彼の影響を受け、ムーンウォークをマネしてた光景を思い出す。
洋楽への関心度は浅い身分であったが、あの頃のマイケルジャクソンは間違いなく時代の申し子であり、スターであり、ヒーローだった。
昨年あたりから、自身がよく聴く著名な音楽家、ミュージシャンの相次ぐ訃報を耳にする。当然ながらこの世からいなくなってしまったのだが、心の中では彼らの魂が生きてる。
「音楽」は永遠であり、時には目に見えない「力」をもたらしてくれる不思議なソフトだ。
投稿者 shinorar : 23:38
2009年06月24日
心 得
2009年に入ってから、HP、及びブログを開設した我が知り合いの若者達がポツポツ出現。
この場を借りて開設おめでとう。
インターネットを通して、自分を世にアピールしていくのは大変素晴らしい行動だ。
HPを開設したあなたへ、そして、ブログを開設したきみへ、せん越ながら10年近くWEBを開設してきた中での一代表として、運営の心得をここに記述する。
1. ニュースは毎日駒目(休日も欠かさず)にチェック。 |
たとえその日の材料にならなくても、世の中の出来事は把握しておこう。そのチャンスは行き帰りのバス・電車か、昼休み^^; にあり。
我がShinorarは新聞を読む習慣を身に着けられなかった為、経済ニュースは23:00放送のテレビ東京「WBS(ワールド・ビジネス・サテライト)」、朝はラジオで情報を得る。ラジオではあわせて交通情報がオンタイムに流れるので非常に便利。テレビは没頭してしまうと時間を忘れ、遅刻しそうになるので一切観ない。
2. ”自分カラー”を出す。 |
よーは(ようするに)、固い表現・難しい言語を使わず、日常会話に近い感覚で書き込む。嬉しい、楽しい事から、哀しい事、怒っている事までつつみ隠さず書くことが出来ればなおさら良し。
我がShinorar的には田舎弁(伊予弁)、関西弁を多用しながら、日頃から 「感じてる」事 を愚痴気取りで書き込んでる・・・かな。
そして、アップした内容をじっくり拝読して、納得いかない、間違いがあれば恥ずかしがらずに訂正しよう。
但し、死にたい・・・とか、身を投じたくなりそう・・・など、えげつない自虐な表現は載せないほうがいいでしょう。
3. 情報源を明らかにする。 |
世相に関する記事を掲載する場合は、必ず情報源(URLの掲載)を明らかにする事。
友達から聞いたんだけどぉ・・・ てな事実かどうか自分で明らかにしてない情報の掲載は絶対にNG! あとで後悔します。
また、雑誌等に掲載のゴジップネタ、風説もNG!
一方で、確かな情報であるが、情報源を明らかにしたくない場合は、ホンワカな表現で交わそう。
我がShinorar的には野球に関するネタを掲載の際は、その球団の動物、キャラクター名、またはイニシャルを使ってカミングアウト。
因みに某球団は時折うちのサイトを見て頂いてるようだが、文句言われた事は一度もないので問題ないっしょう。
4. 行動範囲を変える事。 |
週に一度は日頃しない事をやってみよう。何でもえぇです。
例えば、1日テレビを観ない、電気を点けない、携帯電話をOFFにする、交通手段を変える、家路を変える等・・・。普段気づかない事があるかもよ^^;
5. 世にアピールしていこう。 |
インターネットの素晴らしい点は、パソコン、または、携帯電話、そして、電話回線があれば世界中のどこからでもインターネットを開く事が出来、どこからでも発信する事ができる。勇気を出して世界デビューしたわけだから、もったいぶらずに自分をアピールしていこう。アピールすれば、それに比例して成長するんだから。
役に立つかなぁ。( 俺にも言えるこったぁ^^; )
投稿者 shinorar : 20:30
2009年06月21日
格 闘
私、現在慢性痛となった腱板損傷と格闘している。
痛めたのは棘上筋と呼ばれる箇所。痛みが出て約2年、その痛みは、残念な事に日常に支障をきたすまでにきてる。それ故、週に一度の整体院(接骨院)への通院が欠かせない。
完全に治癒する唯一の方法、それは、 「野球をしない事」 である。
「野球をしない事」 それは 「己の崩壊」 を宣告されるのと同じかもしれない。
投げる球数の制限、下半身強化(マラソンにて実践中)、そしてジャイアンツOBの方から頂いた貴重なアドバイスを忠実に守り、激しい痛みが出ないよう投球バランスの改善を日々図っている。
Shinorar 同様に日々、体の痛みと格闘しながら全力でプレーされているプロスポーツ選手は如何ほどの強靭な体なのであろうか。うらやましい限りだ。
投稿者 shinorar : 23:09
2009年06月17日
体 ・ 技 ・ 心
「リング上で死ねたら本望。」
プロレスリング・NOAHの三沢光晴氏は生存中、この台詞を何度も口ずさんでいた。
好きな事に打ち込んでる、または、執着されてる方の中で、
「○○で死ねれば本望だ!」 そう思い込んでる方は、きっといらっしゃるであろう。
独身時代の若き Shinorar も野球が大好きな故に(いまもそれに変わりは無いが)、「好きな事をやってるわけやから、芝生が綺麗な軟式野球のグラウンドで死ねたら本望やなぁ!」 と軽はずみで発言した事があった。
しかし、月日が経ち、家族を持ち、その考えは「間違ってた」事に気がついた。
「いってきまーす」、「気をつけて行って、帰ってきてねー」、それが最後の会話に・・・。
こんなシチュエーションなんぞ、やはり想像したくない。
30を過ぎた頃までの自分は、多少疲労感があっても、「体」をセーブすることなく、「心」(気持ち)でプレーしてきた。
しかし、35を過ぎてから、肉離れ、腱板炎症等の金属疲労を経験し、気持ちだけではプレーできない事を我が身を持って痛感した。40を過ぎれば、筋肉に加え、脳・内臓のケアも視野に入れなければならないであろう。
スポーツ選手が語る座右の銘の一つに 「 心 ・ 技 ・ 体 」 という言葉があるが、
1日でも長く、そして楽しくプレーしていく為には、体を一番に考えなければならない。
「 体 ・ 技 ・ 心 」
歳を重ねるにつれ、その思いが強くなってきた今日この頃である。
投稿者 shinorar : 02:56 | コメント (0)
2009年06月14日
準 備
私shinorar、39歳を迎える2009年最大のイベント、ここに発表。
それは・・・
2009年11月、初のマラソンに挑む事を決めた。しかし、フルではなく10kでありますが・・・
(野球の仲間からは 「 マラソンじゃぁないっすよ 」 とのブーイングを浴びてしまったが・・・(ノ◇≦。) ビェーン!! )
これまで経験した中での最長距離は、高校時代の校内マラソンでの8k。
4月から体調改善、長距離徒歩を始め、今月からいよいよRUNを開始。現在は2k完走から始まり、次のステップでは自ら設定した時間内走り続ける予定。(15分、20分・・・)
今の心境を書くと、 期待1%、不安99% です。(^^;;
きっかけは、野球以外のスポーツにも挑戦したいところから始まった。
ゴルフ、バスケ、バレー、・・・( ̄  ̄;) うーん どれも金掛かりそうでいまいち。
マリンスポーツ、・・・( ̄  ̄;) うーん 近所に海あるし魅力的だが、決定打に欠ける。
今のところに引っ越したのを機に、正月になれば箱根駅伝(8区あたり)のコースに出向き、出場してるランナーに声援を送り続けている。彼らの勇姿を見ると、「自分も頑張らなきゃ」という勇気と、彼らのポテンシャルに魅了し感動を貰っている。
そして、海岸沿いで走ってる人を見てるだけで、なんだろう・・・。 解かり易く書くと、元気が出るし応援したくなる。
自分が走る事によって何か変わるかもしれない・・・じゃぁ走ってみよう! という流れに行き着いた。
今日は2k走、加えて夕方から野球の練習。
右ふくらはぎの腫れが若干気になるが、体重(体脂肪率)を減らし、下半身強化を怠らず、野球に、そしてマラソンに挑みたい・・・いやっアカン、楽しみたい・・・ですな。
投稿者 shinorar : 21:08
2009年06月12日
手 紙
4月初旬の夜の一幕。
会社は定時で終わり7時半過ぎに帰宅、「ただいまー」と声を掛けた後、かみさんがポツリ。
カ : 「 ラブレター来てたよ! 」
S : (´△`) えっ? ラブレター? (やましい事してないよな・・・)
S : いったい誰から???
カ : 見れば分かるよ・・・(ヾ(ーー )ォィ 誰からなのか言って欲しかった)
さっそく手紙の裏の宛名を拝見。すると、あらまっ、先日県立の高校受験を合格した子からではないか。(スポーツ万能の女の子で、近所に住んでる元先輩同僚のむすめさん)
バーベキューをきっかけに知り合ってからかれこれ10年。一昨年の夏にひょんな事から彼女のカテキョーを務め、我ながら天晴れの課外授業・・・、もとい、特別授業を行なった。苦手だった分野は今では苦労することなく解けるようになったとか・・・。<ホントかなぁ (^^;) >
先日受験に受かった事を聞き、ささやかな合格グッズを彼女に贈呈。手紙はその御礼だった。
字は・・・( ̄  ̄;) うーん お世辞にも綺麗とは感じなかったが、暖か味ある手紙でした。
歳の差ざっと2回り、親子程の年齢差があるが、いくつになっても手紙を頂くのは嬉しいもんだ。
投稿者 shinorar : 23:45
2009年06月08日
帰 路
仕事も終わり、帰路の電車の中で今日のニュースをチェック。
気になったことをいくつかピックアップ。
1. 一時は40ドル前後まで下落した原油価格が気がつけば1バレル70ドルに迫ってきた。
レギュラーガソリンは現在1ℓ120円近くまで上昇。(近所のガソスタは昨日現在で112円、最安値から約15円上がってきたなぁ) また、日経平均株価はアメリカ株式市場の上昇や円安を受け、取引開始直後から買い注文が先行、午前中には9900円まで上昇した模様。しかし、我々の給料には何一つ反映されず。景気の良し悪しは依然不明。というか、「悪い!」としか書けない。
2. キムタク主演「MR.BRAIN」の視聴率が20%を割った模様。
・・・( ̄  ̄;) うーん俺にとってはどうでもいい。
3. 死傷者17人を出した秋葉原殺傷事件発生から今日で1年が経過。
歩行者天国再開の目途はいまだに立っていない。事件が起きてから幾度か行ってるが、事件前の活気はもはや無く、静かで物騒な街と化した印象がある。
4. ピアニストの登竜門「バン・クライバーン国際ピアノコンクール」
東京都在住の上野学園大3年、辻井伸行さん(20)が1位となった。国際的なピアノコンクールを全盲ピアニストである辻井さんが制覇。おめでとうございます。
そして・・・携帯サイトで明日の弁当のおかずを選定。
今週は、ビーフン、マイタケ、鶏肉、キュウリ、たまご、ホッケ、ハム、水菜、作り置きのコロッケ、冷凍食品(ギョーザ、シューマイ)、そして夕食のおかずの残りにてレシピを練る。
一番の悩みは、いかにしてキュウリをさばくか。サラダ、漬物 ・・・ 。 迷った挙句、「そっか、中華だ!」 という結論に達し、家に帰ってから15分掛けて1品出来上がり。詳細は追々紹介します。参考になるかなぁ(  ̄_ ̄)
投稿者 shinorar : 23:43
2008年04月11日
水 道 橋~~~
昨日は東京路線の大動脈と呼ばれてる中央線が国分寺駅沿いで発生した変電所火災の影響で朝から全線ストップ。
電車通勤族である私も藤沢から新宿へ着いた直後に巻き込まれ、仕方なく総武線各駅停車に乗車。
新宿からチンタラチンタラ御茶ノ水へ向かう途中、JR水道橋駅に到着。
「すいどうばし~~~、すいどうばしです。」 場内アナウンスが流れた直後、聞き覚えのある音楽が・・・。
♪~とうこんこめて~~~、おぉお~~ぞぉ~らへぇ~~~♪
ありっ・・・(^^ プロ野球シーズンが始まったせいか、水道橋駅の発信音がジャイアンツ公式応援ソング「闘魂こめて」に再び変わってたようだ。(実際にはプロ野球シーズン中にのみ流れてるそうである)
通勤トラブルに巻き込まれたよもやの出来事。 なじみのある音楽を聴きホッとするのは、アホ丸出しの証・・・。
投稿者 shinorar : 23:58
2008年03月06日
掲 示 板
ふとした出来事を日記風に書く。それを掲示板、ブログなどのツールを使い世界中のネットユーザに公開する風習が当たり前の時代となった。
中には他愛も無く、誹謗な表現を使ってコメントする方も中にはいる。
そんな彼らと交流することで「友達」が成立つと述べる方がいらっしゃるようだが、果たしてそれが正しいのであろうか。言葉ではなく、触れ合う事、時にはぶつかり合う事、そして何より『感じる』ことによって生まれてくるものではなかろうか。
「3年B組・金八先生」にて「裏サイト」たる掲示板が挙げられてる。
私もこのブログとは別に「裏サイト」を作った。しかしながら、そのサイトを誰にも教えるつもりは毛頭に無い。そこでは、野球が好きな身分としての『軌跡』を残したく、これからも、「秘密」を貫いていくつもりだ。
おたくだとか、「暗い」と感じられようが関係ない。
今後もGoogleの方にばれないよう、ひっそりと書き込んでいく意気だ。
投稿者 shinorar : 21:41 | コメント (0)
2008年02月06日
表 と 裏
これまで野球に関する情報をメールマガジン、およびインターネットを通じて皆さんに紹介してきた。
しかし、自分の懐の無さに最近になって痛感している。。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。
書棚を見ると、自宅には300冊を超える記録本、野球関連の書籍が並んでいるが、これらを出来るだけ一まとめできる解決策はなかなか出てこず。。。
一先ず、公式記録を出来だけデータベース化し、瞬時に出せる仕組みを作り上げていく事から始める事とした。10日にして現役選手の打込みが完了。ゴールはまだまだ長いっぺ。
そして・・・・、
野球に関する裏サイト(変なもんじゃありません(^^;;)にて宇佐美徹也さんの「記録魂」に負けないものを築き上げていく事を決めた。
既にサイトの準備は完了。ただいま2本目の記事に向け奮闘中です。
URLは・・・、秘密です。興味のある方はとことん探してみて下さい。(^_-)v
投稿者 shinorar : 15:59 | コメント (0)
2007年11月02日
桧 舞 台
2007年、日本シリーズは4勝1敗でドラゴンズが53年ぶりにシリーズ制覇を果たした。
終わって1時間ほどがたち、某ドラゴンズ関係者へお祝いの電話を掛けた。
前回電話したのが2004年だから3年ぶりかな?
「おお~~~SHINO元気にやってんのか?」
「結婚はしたんか?」
ここ暫く連絡とってなかったにも関わらず、ハイテンションで会話も弾みまくり。
ドラゴンズが前回日本一になったとき、某氏はまだ3歳。
初の日本一ともあって、電話口からも嬉しそうな表情が頭の脳裏にかすんだ。
某氏には一つの借りを作ってる。
あれは8年前のこと。あるソフトウェア会社を辞めた時、某氏からお誘いをもらった。
「名古屋へ来る気あるか?」
SHINO 「それってお誘い・・・ですか」
「そうだよ。俺らと一緒に仕事せんか?」
自分の進みたい道がその先も続けられる願ってもないチャンスであったが、当時の自分には
それよりはるかに大きい夢を抱いてた為、お断りの電話を後日に入れた。
仕事のパートナーとして時には優しく、時には容赦ない罵声を浴びさせられたが、
社会人として生きていく基礎をその方から多く学んだ。
今でもその方には恩返ししたい思い、申し訳ない思いがある。
本来なら一ジャイアンツファンとして悔しい気持ちではあるが、その方の声を聞いた後、
「某氏、ホント良かった」その気持ちで一杯になり、気がつけば大粒の涙を流していた。
現役時代はひのき舞台に立てられずに引退をしたが、縁の下の力持ちの側に回って
XX年目に大輪の華を咲かせた某氏に心から拍手を送りたい。
投稿者 shinorar : 03:35
2007年01月15日
2007 ・ ご 挨 拶
遅くなりましたが、新年おめでとうございます。今年も「ベスレボ」および、ヨモダダイアリィをご愛顧くださいますよう宜しくお願いいたします。
さて、今年(2007年)は我に取りまして大きな節目となる年。具体的な内容は現段階では書けませんが、これまでの集大成をある事につぎ込む所存です。そして、いったんそれを「中断」し、別のステージへ歩んでいく決意を固めました。
それを始めて約15年以上が経ったのかな。それを始めた事により、その楽しさを肌で味わう事が出来、それを通じていろんな友人と交流を持つ事が出来た。ホント、それ無では今の自分は無かったのは言うまでもない。しかし、「心・技・体」のバランスが取れなくなった以上、続ける事は到底出来ない。
ただ、「断つ」事ではないので、今の自分をもっと磨き、50歳を迎える事が出来れば再び挑戦しようと考えている次第です。
こんな身分ではありますが、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
--○○信者より--
投稿者 shinorar : 10:30
2006年11月22日
携帯
昨日、携帯電話の契約会社から一本の電話が。
「shinorarさま、今年で10年目の契約となるのですが、前割しますか?」
気がつけば携帯を持ち始めて今年で10年の月日が経った。
持ったきっかけは当時の上司から「使ってない新品があるけどいるか?」からだった。
当時は黒のデザインで、約200グラム近い重たいもの。以降、他の電話会社に浮気することなく、10年目にして目出度く「最大で○○%引き」の特権を手に入れることが出来ました。
近頃の電話会社のCMを見ると「最大で○○%引き」、「通話料金無料」などをキャッチコピーとして顧客獲得を目指しているが、契約内容を良く見ると「・・・別途、××の契約(別料金)が必要となります」など、テレビCMとは裏腹に色んなオプションを申込まなければならない。CMもさることながら、吊るし広告にも詳細な事が記されてないもんだから困ったもんです。
料金・付随のサービスなどで他の携帯会社を追い抜くよりも、もっとクリアなサービス内容・料金形態を我々に教えてほしいもんです。
投稿者 shinorar : 23:46 | コメント (0)
2006年10月15日
1998-2006
1996年、社会人となり、希望を持ってとある会社に入社したが、自分の夢を捨てきれず、1998年3月に退社し、あれからもう8年が過ぎた。
17人の同期メンバーがいたが、その会社はその後不幸にも倒産し、メンバー皆は別々の道へと歩んでいった。フリーになっているもの、会社の上の方に君臨しているものなど。
自身にとって彼らの存在はかけがえのない親友であり時には張り合うライバルだと思っている。その灯火を消すまいと、自身が退職した1998年に毎年江ノ島近くの海岸を借りてバーベキューを決行した。2、3年続けられればと最初は感じていた。4人しか集まらなかった時もあれば、枝分かれして15人ものメンバーが集まった時もあった。そして気がつけば、今年になっても続けられてる。いい友人を持ってホンマ良かった。
毎年、カメラに収め部屋に飾っているが、皆本当に老けたもんだ(^^ゞ。20代後半だったメンバーの一部は30代後半に突入。そして今年の面子からいよいよ20代が1人もいなくなった。しかし、彼らの生き様を聞いてるとまだまだ若いというか、強烈なエネルギーを感じた。
10年後の2016年、今のメンバーが江ノ島に集結し、今度は「30代がいなくなったなぁ」という言葉が聞けたら良いなぁ。
投稿者 shinorar : 02:00 | コメント (0)
2006年08月26日
多難
今年は不運な事に軟式野球の試合で両肩を痛めてしまった。片方(右肩)はヘッドスライディングの際に痛めたもの、もう片方はいわゆる野球肩。昨年、某W先生に教えていただいたスローイングの指導により約5メートルは上がったのだが、筋力のなさからか悲鳴を上げてしまった。
先々週、左肩の痛みが限界を超え、整形外科医に通い、錠剤とシップをもらった。1週間が過ぎて、両肩の痛みが徐々に痛みが癒えたかと思いきや、今週に入り体に異変が・・・。(^。^;;
火曜日昼飯食った後、何気なく仕事してる途中、寒気と胃に激痛が走ったのである。神経性の胃炎、もしや胃潰瘍・・・、頭の中でいらん事ばかりがよぎった。しかし何の前触れもなく、胃が痛くなったのは(^^?)ナゼ??
もしやこれって・・・、ちょっと最悪の事を考えたが、幸いにして胃痛の事に詳しい(?)我がかみさんに聞いたところ、
「痛み止めの薬の副作用がきてるようだね。」 ε-(´∀`*)ホッ
一先ずほっとしたが、かみさんから胃の漢方薬をもらって飲んでるわ、脂っこいものが食えないわ、たばこも満足に吸えないはなどなどなど、いろんな生活制限が掛かっている。
自分の体のことを見つめなおさねば、と反省しきってる1週間なのでありました。m(。_。)m ペコッ
投稿者 shinorar : 13:01 | コメント (0)
2006年08月11日
葛藤
軟式野球を始めてもう17年が経とうとしている。野球が好きで好きでたまらない気持ちに変わりはないが、野球に対する取り組み方に今年は大きな変化が生じている。
3年ほど前から身体能力の低下を肌で感じ始め、頭の中で描くプレーが思うように出来なくなってきているが、今年に限っていえば、そのギャップは少なく、打撃成績は程ほど、守備面もそう悪くはない。中でも今年1打席も三振がないのは非常に珍しいし、長年悩んでたスローイングも元プロ野球選手W先生ぇのおかげで少しではあるが旨くなってきた。なのに、今年は、野球に対する取り組みに迷いが生じている。
これまでは勝敗に関係なく、投げる・打つ・走る事に自身の全てをぶつけて来た。チーム連敗続きで落ち込んでいる時も、その突破口を開くべく、態度でチームを盛り上げてきたつもりだ。(元来口下手なんで(^^;;)
しかし、今年に入り、試合中に「勝つ為には何が必要か」、「負けない為に何をすればいいか」など、野球を「考える」事が増えてきた。別の意味でいえば、チームのモットーである「明るく楽しくそして熱く」それが実行出来ていない。それは、ある意味でチームに対する不満・批判と思われても仕方がないことだが、どうも「熱く」なれない。
「いやぁ~、接戦で負けたが良い試合だったねぇ」。私設リーグが始まってチームメイトより幾度か聞いたが、そこから「次」につながる意見が発せられないのが正直悔しい。
いつか、「いやぁ~、苦戦したけど、良い勝ち方でしたねぇ」この言葉が今のチームで発せられる事を願ってならない。その為にも、チーム一人一人が目的意識を保ちつつ、声が出せる(←この点は出来てるかな)環境を作り上げていこう、そう自分に言い聞かせている日々である。
明後日は練習試合があるようだが、あえて「犠牲者」となり、「次」へ託すプレーに励むつもりである。果たして、その効果は如何に・・・。
投稿者 shinorar : 02:17 | コメント (0)
2006年05月05日
海道
ここんとこ、日記が半年以上滞っていた。今の生活に落ち着いてきた反面、変化をつける事に戸惑いを感じてる証拠であるかもしれない。ご覧の皆様にはご迷惑をお掛けしたが、今日より復帰します。
さて、藤沢に引越しして以来、月2回弱のペースで江ノ島近辺を自転車で散歩している。気温が上がってきたこと、GWに入っている影響からか、観光客がごった返し。
江ノ島には鵠沼海岸から湘南大橋まで繋がっている約10キロのサイクリングコースがあり、約1時間掛けて自転車で駆け抜けている。
スタート時点では首都圏からの客で賑わっているが、平塚方面に進むにつれ、人の数はまばらになり、湘南大橋辺りでは地元の釣り客が煙草を片手にのんびり釣りを楽しんでいる。
たかが10キロであるが、雰囲気は江ノ島、平塚では大きく異なる。また季節により海の色、山の景色も異なり、何回自転車をこいでも飽きない。今日は25度近くまで気温が上がったようだが、かすかに見える富士山はまだ6合目辺りまで雪が残っていた。
おいしい飯やを探すのも面白いが、海風を吸いながらちんたら進める自転車散歩も良いもんだ。
投稿者 shinorar : 23:00 | コメント (0)
2005年06月01日
立川⇔本牧
彼女と付き合い始めて5年以上。立川⇔本牧間を何度往復した事か。長いようであっという間の5年間。楽しい事、うれしい事があれば、悲しい事、悔しい事、いろいろあった。昼間横浜市でデート、本牧近辺で夕食、そして彼女を自宅まで送った後、高速に乗り、福山雅治の「オールナイトニッポン」を聞きながら深夜2時頃自宅に戻る。
先週の土曜日、これが最後の「立川⇔本牧」日帰り旅行。帰りの高速の中、それまでの出来事が走馬灯の如く思い出された。どっちかと言えば悲しい表情で帰る事が多かったなぁ。
そして、今度は二人で「藤沢⇔・・・」の新たな定期券が発行される。
投稿者 shinorar : 02:00 | コメント (0)
2005年05月14日
幸福
「世界が100人の村だったら」という小説が4年ほど前に発売され、ベストセラーとなった。冒頭部分を一部抜粋すると、
89人が異性愛者で
11人が同性愛者
→めでたい事に女性を愛しているので問題なし。
6人が全世界の富の59パーセントを所有し、その6人ともがアメリカ国籍
→今後もこの構図は変わりないであろう。
80人は標準以下の居住環境に住み
→これも衣食住に恵まれている
70人は文字が読めません
→それは無いが、「うまく書けない」には引っかかるかな(^^;
50人は栄養失調で苦しみ
ひとりが瀕死の状態にあり、ひとりは今、生まれようとしています
→一日3食の生活が送れている。ただ、将来は少し不安。
ひとり (そう、たったひとり) は大学の教育を受け
そして ひとりだけがコンピューターを所有しています
→両親、仕事仲間の暖かい支援で今の自分がある。
今日、無事に引越し先が決まり、相方との生活に向けての準備がこれから本格的に始まる。何はともあれ、環境面では有難い事に恵まれている。この「幸福」を忘れてはいけない、そう思った今日である。
投稿者 shinorar : 22:57 | コメント (0)
2005年04月19日
愛用
幼少時代、ジャイアンツファンだったshinorarは小学校まで紺のYGマークが刺繍された帽子を被っていた。
中学、高校はこれといって帽子を被っていなかったが、大学(90年代前半)に入りm、bのコンビネーションでグラブのデザインをまつわったミルウォーキー(m)ブリュワーズ(b)の帽子を購入したのをきっかけに再燃。ドジャース、ヤンキースといった日本でも人気のある球団(当時)ではなく、人気が薄かったアストロズ、レンジャース、ブルージェイズなど、あまり知られていない球団の帽子を羽織っていた。
ところがNOMOがメジャーへ渡ったのを機に、街中を歩いても様々なメジャー球団の帽子を被っている人を見かけるようになり、自身が持ってたちんけいな「こだわり」がてっきりと薄らいでしまった。(ダイヤモンドバックス、新生ブルージェイズはまだ見かけないかなぁ^^;)
その一方で、日本プロ野球球団の帽子を被る人は子供を除いて全くといっていいほどいなくなった。ホントに寂しい。30代の野球ファンが日常レベルで日本プロ野球球団のマークが入った帽子を被ると何ともいえない妙な視線で見られるのがオチである。当初、自身もその思いがあったが、2000年、G関係者から頂いた帽子(キャンプ時限定で被る帽子)を機に再び被るようになった。
今一番の愛用は2002年、東京ドームでの開幕戦、資料室にお邪魔したときに頂いた青色のYGの帽子。草野球へ出かけるとき、彼女と街中をぶらぶらする時にはよく愛用している。不思議な目で観る方もいるようだが、根がGファンであるshinorarにとっては全く気にしない。
投稿者 shinorar : 00:13 | コメント (0)
2005年04月11日
無脳
昨年から今年に掛け、日本プロ野球70年(←これ嘘。ジャイアンツ創立70年が正しい^^;)を記念した書籍が次々と発売され、高価商品であったが、食費を蹴散らしつつほぼ出揃った。
メジャー版TOTALBASEBALL、日本版ENCYCLOPEDIA、プロ野球70年史、そして綱島さんのユニフォーム物語。またプロ野球人国記もすべて購入。更に古本を含めると、野球関連の書籍購入に使った額はざるベースで約100,000円也。独身生活最後の衝動買いとでも言うか、周りは無駄遣いとでも言うか・・・。
そして2005年、色んな書籍に囲まれた中、プロ野球公式戦が始まったものの、shinorarにとってブレインであり、アイデンティティの書籍が何か足りない。それは、27年間買い続けている「プロ野球全記録」(宇佐美徹也氏監修)2005年版、7年間買い続けている「メジャーリーグ全記録」2005年版が手元に無いのだ。気になって実業之日本社のHPを見たところ4/10現在でも発売予定が無し。
「メジャーリーグ全記録」監修の蛭間さん(報知新聞・メジャー担当部長)とはSABR・1月学会にて久方にお会いし、多忙ながらもお元気そうでしたので「編集遅れでは」と勝手に見解している。
一方、「プロ野球全記録」2004年版で、監修・宇佐美徹也氏自身が編集後記にて、ケガ、その時期と重ねるかのように体調を崩したと公表していた。70歳を超えてるだけに心配である。宇佐美氏に継ぐライターも順調に育ってきてるようではあるが、このシリーズが途切れる事がもしあったとすれば、自分の脳に血液が流れてこない位に寂しい。
投稿者 shinorar : 07:24 | コメント (0)
2005年04月10日
花見
昨日は昭和記念公園で花見見学。立川に住んでまもなく10年が経つがそこでの桜見学は恥ずかしながら初めて。旧友とで3時間、ビール&つまみで満開の桜を満喫してきました。満開の桜をとくとご覧あれ。
桜画像1
桜画像2
桜画像3

投稿者 shinorar : 11:13 | コメント (0)
2005年02月02日
英気
メルマガを2ヵ月もさぼったにも関わらず、叱咤、激励のメールを数通頂き、感謝の一言です。12月に、「少しお休みを取ります」と書くつもりだったが、休む事が仇になるのではという気持ちが自分を追い込み、加えて、仕事の多忙、風邪による体調不良(とっくに過ぎてますが・・・)が重なってしまった。
それからつかの間の時間を割いて自身のメルマガを見たのだが、野球に対する視野がまだまだ浅すぎる事を痛感し、いつしか無期限のお休みをとった次第なのである。
野球関連の書籍(日本向け)はその間極力控え、夏目漱石、森鴎外などの文学もの、レンタルでノンフィクションものの映画を観、全て英語で書かれている野球関連(2週間×30分くらいで読められるボリューム)もの、そして車でドライブ、温泉などで気分転換を図った。
それがいつの間にか1ヶ月を超え、年を越え「これじゃぁまずい」とようやく危機感を募らせた1月半ば、2月復活に向けたリハビリをしてたのが(さぼった)簡単な経緯である。
改めて書くが、毎日メルマガ投稿されてる方に対してはホンマ頭が下がります。2ヶ月の間、ボケーっと出来、英気も少しは養えたので、前以上におもろいネタを書いていく所存どすぅ。(^_-)v
投稿者 shinorar : 22:15 | コメント (0)
再スタート
さきほど、ようやくメルマガの原稿を書き終えたところである。約2ヶ月のブランクは応えるのかなと思いきや、約1時間程度で完成することが出来た。
これまでのメルマガを冷静に見てたのだが、我ながら「くどい」と感じる点が多く見られた。ご覧の皆さんに「より詳しく、より分かりやすく」に度が行き過ぎた感がする。
ネットが充実してきた昨今、これからは一層コンパクトに纏めあげていこうかと思ってます。それもそうだが、リーグ戦の方に重点を置いて、頭だけでなく、体を使って思う存分野球を楽しめられる年にしていきたい。その為にも足を直さねば・・・。(^^;
投稿者 shinorar : 01:34 | コメント (0)
2005年01月15日
受験
今日から大学センター試験が始まり、受験戦争が本格化します。受験を受けてからもう15年の歳月が経った。自身は受験を3度も受けた。現役、浪人、そして仮面浪人(大学1年時)。両親に迷惑を掛けたくない、その思いで受けたが思うような結果が出ず、成績が一番良かったのが仮面浪人時だった。
現役はさっぱりだめ。「国立へ行く」事を条件に浪人生活を送ったが、私立2校合格のみで国立挑戦は失敗に終わった。当初は「親父の後を継ぐ」決意を固めていたが、両親の説得で泣く泣く私立に行った。しかし、国立大学への道を断ち切れず、両親からの猛反対を押し切って受験した。その結果は5科目で580点前後。「これで国立へ行ける」と思ったのと同時に「落ちる」事の恐怖が生まれた。悩みに悩んだ挙句、2次試験を断念し、安全な道を選んだのだ。「落ちたっていいじゃないか」、「おまえ、なんしとん!!」など、周りの友人から叱咤を受けた。今思うと、やっぱり受けたほうが良かったかもしれない、そう思っている。
我々の時代と比べて、「大学で将来が決まる」傾向はなくなってきたが、高校生にとっておそらくは初めてであろう「競争」に是非競り勝って欲しい。
投稿者 shinorar : 06:00 | コメント (0)
2004年12月31日
帰省
ベスレボをご覧の皆さん、並びにBANDITSメンバーの皆さん、リーグに加盟の関係者の皆さん、2004年中はお世話になりました。仕事は27日に無事終了し、30日に地元・松山市に帰省し、ゆっくりとしてます。東京とは違い、時間を気にせず(  ̄_ ̄)ボーっとしてます。
TVを見て感じたことだが、地元のCMにあって首都圏のCMにないものといえば「静止画像」。実にローカルらしい(^^;;
さて、12月はメルマガの発行をおもっきしサボりまくりました。言い訳はしませんが、その月は「書こう」と思うモチベーションまで至らなかったこと、そして表現力を養う為、勝手にお休みしました。読者の方には本当に申し訳ありませんでした。しかし、その期間中、ニュースや書籍等をじっくり読むことが出来たので、余裕、蓄えを持って1月より復帰します。
2005年も皆様に取りまして良いお年でありますように心よりお祈り申上げます。さてと、メルマガ原稿でも仕上げようぉ・
投稿者 shinorar : 21:33 | コメント (0)
2004年12月27日
回復
日記サボりまくってました。(^^;;
さて、財団法人日本漢字能力検定協会は、漢字の奥深い意味を伝授する活動の一環として、毎年年末に全国公募による1年の世相漢字を決定してるのですが、2004年を表す世相漢字「今年の漢字」を全国公募した結果、「災」が20,936票(22.84%)を集めて1位になりました。(因みに2位は「韓」、3位は「震」でした。)
「災」が選ばれた理由は、台風、地震、豪雨、猛暑など、記録的な天災に相次いで見舞われたことをはじめ、イラクでの人質殺害や子供の殺人事件、美浜原発の蒸気噴出事故、自動車のリコール隠しなど、目を覆うような人災が多発したことが挙げられる。
日本の野球界においても「災」がつく出来事がいくつも起きた。プロ野球界では、長嶋茂雄氏の入院、バファローズ消滅、史上初のストライキ決行、オーナーの相次ぐ辞任などがあった。
アマチュア界においても、一場投手に絡む金銭問題、亜細亜大学野球部による集団わいせつ。
そして元オリオンズO投手の逮捕(強盗殺人)。
これらの出来事がファンから夢を奪い、(野球に対する)関心度を下げたのは言うまでもない。それだけでも心痛むのだが、野球に対する見方、野球で飯を食っている選手に対する態度までも変わってきてる感がする。それを象徴する出来事を少し紹介しておこう。
先日、松坂世代を中心とした「55年会」の少年野球教室が12/11、埼玉・所沢の西武ドームで開かれたのだが、少年野球にチームに所属しているガキ達が、「まつざかぁー、サインしてぇー!!」など選手を呼び捨てにし、監督、コーチに“タメ口”で話す光景をテレビで見た。いくら「時代が変わった」とは言え、自身にとっては有るまじき行為である。松坂投手はイベント終了後、「気分が悪かった」と不快感をあらわにしたそうだが当然だろう。何事においてもあいさつは基本。
私は仕事上の関係から一部のプロ野球関係者と親しくさせてもらってるが、下の目線で見たことは一度たりともないし、出来ない。何故なら、彼らは自身の「憧れ」だからだ。たとえ現役から退いても、その気持ちに変わりはない。選手、コーチなどに対しては年齢に関係なく、顔を合わせた際には挨拶を交わし丁寧語、または尊敬語を使っている。(たまにはためぐちを出すけど・・・) また、サインをお願いする際は、「○○さん、すんませぇん。サインをお願い出来ませんか?」と言ってます。一部の選手は自身の顔が知れてるせいか、『またかよぉ(^^;』と皮肉られながらも、目の前で快くサインに応じてもらっている。野村克也氏の言葉を借りれば、「人間的成長なくして、選手を呼び捨てするガキどもに(野球)技術の進歩なんぞあるわけない。」と思っている。
しかし、この状況を招いたのは、現場を無視し続けた経営陣であり、くだらんネタを書き続けてるマスコミ、テレビ、そして嘘っぱちなネタを掲載するHP運営関係者であることは間違いない。(自身で首を絞めることを書いてるかもしれないが、「shinorarは嘘っぱちな事は一切書いてません」と自信持っていえる。)
2004年は選手、ファン共に「場外ネタ」に翻弄され、グラウンドで起きた出来事がかすんでしまった。一連の再編問題に関してはまだ解決していない項目が目白押しだが、来年こそはグラウンドで起きてる場面がクローズアップ出来るよう、HPを運営している自身も微力ながら貢献していきたい。
投稿者 shinorar : 01:28 | コメント (0)
2004年10月15日
緊張感
ドラゴンズ某関係者と久方に電話しました。シリーズ直前、そして的が外れた事もあり(^^;)、会話の中でもピリピリとした緊張感が漂っていた。
・・・・
SHINORAR:『ライオンズ対策はバッチシですかぁ?」
某氏:『今週明けてから寝るのが2時3時だよ』
SHINORAR:『まぁ(日本シリーズに)出られるんですから、楽しみ(ゴルフが趣味だそうな)はもう少し後に置いても良いんじゃないですか?』
・・・・
こんな感じでお話させてもらいました。注目のシリーズはいよいよ明日開幕です。
投稿者 shinorar : 22:12 | コメント (0)
2004年09月22日
挑戦
普段からドラマを見ない人間なのだが、今回のクール(7月~9月)ではフジテレビで放映してた「ウォーターボーイ2」にはまり、ほぼ全作をオンタイムで見た。
テレビドラマは決まった脚本、台詞があり、出演している俳優人達は視聴者に感動を与えるべく、渾身の演技を見せるものだが、「ウォーターボーイ2」では、俳優の域を越え、ひとりひとりの「人間の成長」を垣間見ることが出来、個人的にも大いに発奮させられた。
このドラマを見ると、こんなに『熱い』仲間が身の回りにおいても最近少なくなってきたなぁ、とつくづく感じてしまう。ドラマとはいえ、主人公の水嶋泳吉(市原隼人)を中心に、5人の主力メンバーが夢を叶えるべく、何があっても挫けず、諦めない姿を見ていると、「無謀たる挑戦」に向かって真っ直ぐしか見なかった大学4年生頃の自分をふと思い出す。
当時、工学部に在籍し、成績も学内では中の上でボチボチ。ほっといても卒業出来、大学院の推薦、就職も保障され、実に平凡な学生生活を送ってたのだ。しかし、大学生として残した「財産」は何一つ無し。
そんな中、桜が散った5月はじめ、卒論のテーマを練り始め、「野球」を題材とした論文を作成することを決めた瞬間、幼少時代から好きだった「数学」を極めたい気持ちが再び芽生え始めた。ちょうどその時、ゼミの先生から、旧帝国大学・数学科への大学院受験を推された。
学問に対し芽生え始めたと思いきや、3流大学に所属の身分に降りかかった「悪魔のささやき」。しかも学部が異なる事もあり困難極まりない状況で勉強を始めた。当初は「こんなもん、受かるはずがない」気持ちが先行し、多少気が緩んだ状態で励んでいたが、次第に学問に対する興味が増し、難問が解けられるようになるにつれ、「ひょっとしたら受かるかも」との気持ちが僅かながら育まれていった。
試験1ヶ月前になると1日10時間以上をこなし、1週間前には実力も様になってきた。受かる自信はその時点でも「1~3%」位(それだけ奥深い学問なのです)くらいしか沸いてこなかったが、大学生活で何かをやり遂げたという充実感に満たされていた。
「落ちてもともと。でもここまでやったから悔いやぁ」そんな気楽な気分で挑んだのが良かったのでしょう。結果は奇跡の「合格」でした。もし今の自分のモチベーションで受験すれば、そこまでの情熱はきっと甦ることなく撃沈するでしょう。
「年を食ったから」をせいにはしたくないですね。30を越えようが、40を越えようが、大きい小さい関係なく、常に「挑戦する」気持ちだけは忘れてはならん、幼稚かもしれないが、ドラマを通じて改めて感じた。
投稿者 shinorar : 22:21 | コメント (0)
2004年09月20日
風格
9月中旬を迎えても連日暑い日が続いてます。
そんな中、23日の試合に備え、二子多摩川で2時間に及ぶ練習がありました。練習途中、ベーススローを終え、つかの間の休みを取ってた時、ベンチ裏から「SHINORARさん」の掛け声が・・・。ふと振り返ると、何とそこにはアテネ五輪で銅メダリストの一員として活躍した元同僚の姿が。「わざわざこんな所まで来て野球やってたんですか?」、「そうだよ、いつも遠距離出勤だよ」とジョークを交わしながら、オリンピックでの活躍を労った。「金獲れなくて残念やったなあぁ」と返したが、彼の表情に「悔い無し」のように感じたのがせめてもの救いだった。
彼は元高校野球、大学野球児と言う事もあって、練習が終った後、彼の試合を覗きにグラウンドを移動。来ていきなり彼がバッターボックスに入っており、高目の球をセンター前ヒット。次の打席はカーブを空振り三振したが、最終回の場面では外よりのストレートをセンター前へ。しばらくボールを触ってなかったと言ってたが、構え、バットスウィングを見るとやはり「モノが違うなぁ」とつくづく痛感した。試合は最終回3点を奪われ敗れたが、初めて観た彼の(野球をしてる)姿に嬉しさを感じた。「SHINORARさん、負けちゃいました」試合後、はにかみながら俺に言った時の姿は、雲ひとつないさわやかな表情に見えました。
「負けたようじゃけど、まぁしゃーないわ」と返した後、ふと彼に言わなきゃいけないことを思い出し、「あそうそう、今度あった時はアテネの土産くれよぉ」そう彼にダメを押して(^^;)、グランドを後にしました。
彼とは来週都内で再会する予定です。ちっぽけだけど、メダリスト祝いしてやっかぁ。
投稿者 shinorar : 21:55 | コメント (0)
2004年09月13日
補足
対戦カードに関しては同地区で15試合、それ以外の地区は12試合、合わせて141試合による公式戦を実施。
⇒これは同地区チームの競争意識を高める為に、(3連戦×5回)、他地区に関しては(3連戦×4回)と換算した上で算出しました。あと3連戦にこだわったのは、連戦数を増やす為です。6連戦以上が少なくなった現状、プロなんだから9連戦、12連戦等を施して欲しいですね。因みに3地区を緯度により分けますと、
「東地区」ファイターズ、マリーンズ、ジャイアンツ、スワローズ
「中地区」ライオンズ、ベイスターズ、ドラゴンズ、バファローズ
「西地区」ホークス、カープ、タイガーズ、ブルーウェイブ
余談ですが、シダックスが球界参入となれば、中地区になりますね。
以上の私見を「1リーグ」と捕らえるのか、「3リーグ」と見るかは皆さんの想像に託しますが、例えバファローズの件が買収等でクリアになり、12球団を維持できたとしても、セリーグ、パリーグとの間にある収入の開きを改善する案を構築していかなければ、近い将来、きっとゴタゴタが再燃します。
投稿者 shinorar : 03:42 | コメント (0)


