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2009年05月31日
崩 壊
漫才NO1を決める「M-1」、ピン芸人NO1を決める「R-1」に続き、ソフトバンクモバイルが主催するお笑いの大会S-1バトル(エスワンバトル)がお笑い界の話題を呼んでいる。
一番の魅力は何と言っても金額。月間チャンピオンには賞金1000万円、グランプリには1億円、賞金総額2億2000万円、M-1などの大会と比べても破格な金額である。
因みに5月の月間チャンピオンはM-1ファイナリストでもあるトータルテンボスのいたずらコント。
・・・( ̄  ̄;) うーんなんと申しましょうか、笑いの根底をぶちこわすブルーなネタ。
お笑いのツボは時代と共に変わってきたんかなぁ。ちょっと寂寥感を持ってしまった。リンクを貼る気にもならない。(だったらブログに書くなとも返されそう・・・(^^;;)
投稿者 shinorar : 02:14 | コメント (0)
2009年05月28日
流 行
昨年あたりから、5万円以下で購入する事ができるノートパソコンが続々と販売されている。これらのパソコンは別名「ネットブック」と呼ぶそうだ。一体どういう意味だろう・・・?
パソコン辞典サイトより抜粋すると、
ネットブックとは、ノートPCの分類のうち、もっぱらインターネット関連のサービスを利用するために特化された、小型、シンプル、低価格なノートPCの総称である。OSにはWindowsといったPCとして利用できる最低限のインターフェースを備えている。
多くの場合、インターネットに関連性の高い無線LANやWebカメラなどを搭載しているが、それ以外の付加価値的な機能や性能は削ぎ落とされている。これによって市場価格10万円を下回る価格での提供を実現している。
なるほど・・・。あとはCD-ROM(DVD-ROM)装置も基本的にはないのかな。
( ̄。 ̄)ホーーォ。 最近のパソコンはホント急速に進歩してきた感がある。
それに比べ、 shinorar が現在使用してるパソコンは2003年に購入したDynabook(C8/21DCMHN)。かれこれ7年も愛用してる。その間、カードスロット1度破壊、冷却ファンを2回交換、HDDが壊れる事2度。後者は自力で本体を解体し交換。
メモリは1GB、仮想メモリを3GBに設定、そしてHDDは80GBのものに拡張した為か、何不自由無く快適に操作できている、1つを除いて・・・。
それは、「MicroSD-HC」には対応してない事 ( ̄_ ̄|||) どよ~ん
おかげさんで、せっかく安く手に入れたMicroSD-HC(16GB)は宝の持ち腐れ状態。
VISTA搭載の切り替えも考えたが、OSセットアップに容量は40GB、メモリは2GB必要・・・w( ̄Д ̄;)wワオッ!! PC以外の周辺機器費用が掛かりそうで、とても替える気にはならない。
また、次世代OSであるWndows7は風説によればVISTAの1/4の容量でインストールが出来るらしい。それを信じて待ちぼうけしてる(と考えてるが、現実は今のPCが壊れるまで買い替えはなし・・・かな)
投稿者 shinorar : 23:33 | コメント (0)
2009年05月26日
WIN-SHARES
最近、野球解析において注目を集めてる用語の一つに「WIN-SHARES」がある。
Shinorar なりに説明していくが、あらっ、かつての盟友も説明されている。負けるわけいかん。
それを求めるにはRCの定義を理解しなければ解読不能である。これまで纏めた内容を皆様にもおすそ分け。
RC(Runs Created)とは、野球において打者を評価する指標の一つ。
メジャーリーグにおけるセイバーメトリクスの第一人者ビル・ジェームズにより考案された個人の得点能力を表す総合指標の一つ。
過去に生まれた打率や本塁打などの指標はそれぞれ独立した指標であり、お互いを比較することが困難であった。打率を例にしてみると、安打と本塁打が同じ価値であったり、四球は投手の完全なるミスという理由で無価値とみなされるなど欠陥も多かった。RCはそんな古来の指標に変わる新たな指標として考案された。
当初は出塁率に塁打数を掛けるだけのシンプルな指標だったが、盗塁や犠打、犠飛などの要素を加え、実際の得点から逆算して係数を求めるなど常に得点との相関性を高める改良が加えられ、さまざまなバリエーションが存在する。
チームの全打者のRCを合計すると、シーズン中のチームの総得点とほぼ一致するように式が作られている。
RCは何度か改良が加えられたが、この指標の基本は(出塁能力A × 進塁能力B)/ (出塁機会C)を基に構成。
A = 安打 + 四球 + 死球 - 盗塁死 - 併殺打
B = 塁打 + 0.26 ×(四球 + 死球) + 0.53 ×(犠飛 + 犠打) + 0.64 × 盗塁 - 0.03 × 三振
C = 打数 + 四球 + 死球 + 犠飛 + 犠打
RC= ((A+2.4C)×(B+3C) / 9C) - 0.9C
RCはOPS(=出塁率+ 長打率)の欠陥として指摘されていた走塁能力(盗塁)を考慮したため、より正確な得点能力を算出できるようになった。これによってリードオフマンとパワーヒッターなどの全くタイプ・役割の違う選手同士を平等に比較できるようになった。
しかしRCは打席が多いほど大きくなる傾向があり、打席数の異なる選手を比較することが困難なため、RCを応用し打席数を均等化した指標としてRC27を使われることがある。
RC27= 27×RC / (打数 - 安打 + 犠打 + 犠飛 + 盗塁死 + 併殺打)
とこんな具合だが、式だけで知ってもナンノ意味なし。0.26、0.53、0.03・・・?何でこんなパラメータを・・・近日著者へメールする予定ー。
WS(Win Shares)の定義
Win-Shareとは、勝ちを共有する…つまり勝利に対して各選手がどれだけ貢献度があったかを表す数値であり、打者(BWS)、投手(PWS)、守備(FWS)の3カテゴリの合計値によって算出されている。
そして、Win-Shareのポイントは勝利数の3倍となっており、チームの各選手のWSを合計しそれを3で割ると(=ΣWS / 3)、そのチームの勝利数と等しい事になっている。
先ずは打撃部門(BWS)から定義する。BWSはRC(RunsCreate)の数値を元に計算する。
BWS = RC- (OUTS / 12)
OUTS = 打数 - 安打 + 盗塁失敗+ 犠打+ 犠飛+ 併殺打
続いて投手部門(PWS)はリーグ平均防御率をベースに計算する。
PWS = (((投球イニング) × ER´ / 9) - ER) / 3
(投球イニング) × ER´ / 9 … 理論上における自責点を表す。
ER´ = (所属リーグ平均防御率 × 1.5 - 1)
FWSは投手、捕手、1塁、2塁、3塁、外野毎で算出方法が異なる。しかし、計算式があまりに複雑なため、捕手のみ(cFWS)取り上げる。
cFWS = X1 / (ΣX1) × (Team-cFWS)
X1 = 刺殺 + 2 × (補殺 - 刺盗塁) - (8 × エラー) + (6 × 併殺) - (4 × 捕逸) - (2 × 許盗塁) + (4 × 刺盗塁) + (2 × (チーム自責点 / チームイニング - 自責点 / 出場イニング) × 出場イニング)
※ ΣX1 … X1の総数
(Team-cFWS) = α × β
α = TeamFWS / (各ポジションのパラメータ総数)・・・解明中
β = (γ - 0.2) × 38
γ = (C1 + C2 + C3 + C4) / 100
C1 = 25 + (チーム刺盗塁 / (チーム刺盗塁 + チーム許盗塁) - リーグ刺盗塁 / (リーグ刺盗塁 + リーグ許盗塁)) × 150
C2 = 30 - 15 × A1 / A2
A1 = 1 - (チーム刺殺 + チーム補殺 - チーム奪三振) / (チーム刺殺 + チーム補殺 - チーム奪三振 + リーグエラー)
A2 = 1 - (リーグ刺殺 + リーグ補殺 - リーグ奪三振) / (リーグ刺殺 + リーグ補殺 - リーグ奪三振 + リーグエラー)
C3 = 5 + (チーム捕逸 - リーグ捕逸 × A3) / 5
A3 = (チーム刺殺 - チーム奪三振) / (リーグ刺殺 - リーグ奪三振)
C4 = 10 - (チーム犠飛 / (チーム犠飛 × A3)) × 5
引続き、「WIN-SHARES」が解読出来次第共有しまーす。
参考文献
Win Shares Walkthrough IN Walk Like a Sabermetrician
http://walksaber.blogspot.com/
投稿者 shinorar : 02:14 | コメント (0)
2009年05月25日
ハ イ ジ
日産ノートの新しいCMが25日から放送された。
「The World of GOLDEN EGGS」のディレクター・文原聡さんが、人気アニメ「アルプスの少女ハイジ」をリメイク。

何ともいえない描写に大うけしてしまった。^^; 続きは日産サイトからどうぞ。
投稿者 shinorar : 23:43 | コメント (0)
2009年05月24日
日 曜
今週末は草野球も無く、雨が降ったこともあり、自宅にてのーんびりとお休み。
日曜は朝からラジオを聴くのが当たり前の生活と化してきた。
7時台に起きれば
~9:00 イルカのミュージックハーモニー
⇒70年代のフォークソングを多く流してるので朝聴くには耳障りがえーなー。
~10:00 三宅裕司のサンデーハッピーパラダイス
⇒新保アナウンサー、結婚おめでとうございます。「世界のマコさま」、あと「ドカァーンクイズ」参加したーい。ヤンパラ時代を思い出すなー。さて、10:00になったのでTBSラジオにチェンジ
~12:00 安住紳一郎の日曜天国
⇒白熊塩ラーメン、一度試食したいところだが、スープによっては下痢気味の体調となる為(特にとんこつ系)、ラーメンを食するのは月1度に制限。不幸な事に昨日は麺やバー「渦」(中野の青葉以来、久々に「きたー!!」と感じたラーメン屋)で食った故に食べられない。(;´д`)トホホ
その後登場した写真家・梅佳代さん。不思議ちゃんオーラが出まくってたけど、何かほのぼのとした印象を持ったなー。今度写真集かってみよ。
病院の思い出。・・・( ̄  ̄;) うーん、胃潰瘍した時(中2)の事が忘れられないかなー。「こりゃーひどい。手術しないと命が危ない」とまで言われたもんなー。
ここで少し休息。
13:00~ 爆笑問題の日曜サンデー
⇒友近・中川家のトークはおんもろい。聴き始めた頃は4時間はなげーなーと感じたが、今はあっという間の印象が強い。あと、サンデーカラオケベストテンだが、阿佐ヶ谷だけでなく全国的にも唄ってるんだね、「キセキ」は。
18:00~夜食前 プロ野球中継
⇒ラジオ日本に周波数を合わせる。脇谷、しゃんとせー。
日曜日は何も無ければざっと12時間以上聴取者となるshinorarである。
昔(小学校低学年)はラジオを聴く習慣が嫌いだった。何でだろう? いまだにその理由が分からない。
投稿者 shinorar : 23:06 | コメント (0)
記 録
今月17日に死去された宇佐美徹也さんの告別式に行って参りました。
出席された中にC葉さん、N田さん、T沢さんをはじめとするSABRメンバー、宇佐美さんの一番弟子であった前藤衛さん、ジャーナリスト・玉木正之さん、「高校野球があぶない」の著者小林信也さんなどがいらっしゃった。
葬儀場へむかってる電車の中、書籍を通しての宇佐美さんとの出会いから現在までの出来事が走馬灯のように蘇り、涙が流れて止まらなかった。しかし、出棺の前に宇佐美さんの亡き顔を拝見して区切りがつきました。
数字、記録を通じて野球を楽しませていただいた「名黒子」宇佐美さんには「感謝」以外にありません。
さて、現在スポーツ報知メジャーリーグ担当部長を務められてる蛭間豊章さんのコラムにて、宇佐美さんと野村克也監督との思い出噺がアップされていた。(蛭間さんのコラムから一部抜粋)
(1977年の解任騒動が起きた後)「宇佐美さんから来たんだよ。“ぜひ会いたい”と。評論家の時にも世話になった。“面白い記録があったら、下さい”と、いつももらっていた。阪神の監督やっていた頃、稲尾の最多登板記録(1961年の78試合)に・・・誰だったっけ?(2000年の伊藤敦規が71試合) 年間の最多登板に近づいてきたんだよ。そしたら“稲尾は内容が違う。ワンポイントで最多登板なんて、やめてくれないか”と言われてな。それで、その投手を使うのを、やめさせたんだよ」
『 中身が薄い記録更新なんぞ絶対に許さない! 』
宇佐美さんの思いは、時同じくして稲尾投手と対戦した野村監督も理解されたのであろう。 ( 詳細は宇佐美さん著書の「上原の悔し涙に何を見た」をご参照あれ。 )
電卓も無い時代は一目で打率、防御率が分かる計算表を作成、パソコンが無い時代は方眼用紙を使い、打撃・投手記録を纏め上げたそうだ。(一度見せてもらった事があるが、気が遠くなるほどのボリュームでした。)
野球ファンにとって、今では当たり前にご覧になってるであろう打撃30傑も当時(1960年代)それを活字にしてたのは報知新聞(スポーツ報知)だけだったそうだ。(実際は2日ごとにアップ。その他のスポーツ紙は10傑までが限界で、それ以上は纏められなかったそうだ)
また、蛭間さんのお話によれば、パリーグ記録員となった1年目の1956年は大変苦労されたそうだ。何故ならば、この年のパリーグは8球団・シーズン154試合制度が施行され、リーグ史上最多の616試合が消化された。当時1年目の宇佐美さんは休む間もなく、連日深夜2時過ぎまで集計にあけくれたという。
その当時と比べれば短時間で纏め上げられる環境が整った今日ではあるが、シーズン記録を日々更新するのは大変な作業である。・・・あっ、そう感じてる以上「記録は宝」の境地に至ってない証。
まだまだ修行が足りない。・・・
投稿者 shinorar : 01:25 | コメント (0)
2009年05月20日
10・19 その2
当時の野球規則である「ダブルヘッダー第1戦は9回まで、延長戦はなし」というプレッシャーを跳ね除け、近鉄バファローズは4-3で逆転勝利を収めた。そして20分間の休憩を挟み、先発投手オリオンズ・園田一美、バファローズ高柳出己がコールされ、午後6時44分に第2試合目が開始された。
2回裏、「おさかな加えたドラ猫~♪」の応援歌をバックにマドロックがレフトスタンドへホームランを放ち、第1試合目に続きオリオンズが先制。その後、こう着状態が続いたが、6回表、バファローズはオグリビーのタイムリーで同点に追いつく。
そして、7回表、吹石 徳一が園川の変化球を捕らえ、左中間スタンドぎりぎりに入る逆転の2号ソロホームランを放った。そして、これが彼のプロ野球生活最後のホームランとなったのである。
彼はこの年3回の2軍落ちを経験、この年限りで戦力外を通告される思いを持っていたそうなのだが、終盤に入り、連戦に次ぐ連戦でけが人が続出し、(因みにこの年のバファローズは10月7日以降、13日で15試合という強硬スケジュールが敷かれた)急遽1軍へ呼ばれた。
そして、優勝が掛かった大一番での殊勲打。これまで14年間、常に「影でチームを支えた」選手のホームランに選手のみならず、この試合の実況を務められたABC(朝日放送)の安部憲幸氏も涙を流してたのをテレビを通じ痛切に感じ取った。
その一打でバファローズ打線に火がつき、続く真喜志康永もライトスタンドへ運ぶソロホームランでオリオンズに2点をリードし、逆転優勝がいよいよ目の前に見えてきた。
しかし、前日までバファローズに8連敗を喫してたオリオンズも意地を見せ2点を返し、すかさず同点に追いついた。
そして、午後9時を過ぎた8回表あたりから、テレビ朝日系列は放送を予定していた「さすらい刑事 旅情編」を急遽中止し、CMなしでこの試合の模様を放送。その直後、シーズン途中からバファローズに入団したラルフ ブライアントの34号ソロでバファローズは再び勝ち越し。そして、バファローズはその裏から満を持してエース阿波野 秀幸を投入。3番打者、愛甲 猛を打ち取り、次の打者、高沢 秀昭がバッターボックスに立った。
実は高沢選手、この年のパリーグ首位打者が掛かってたのですが、第1試合は3打数ノーヒット。この試合も2打席までノーヒット。もし第3打席も凡打であれば、打率2位の松永選手(阪急ブレーブス:当時)に抜かれ、この回のバッターボックスは無かったのであったが、詰まりながらもレフト前へ運び、この回も打席に立つことが出来たのである。「この回も打席に当てる」安堵感があったのか、リラックスした状態でバッターボックスに入った。そしてカウント1-1からの3球目、阿波野投手のシンカーを捕らえた。打球はライナーでレフトスタンドへ飛んでいくホームランで、再び4-4の同点に追いついた。
そして、9回表、バファローズは得点圏にランナーを進めるもオリオンズの好捕に阻まれ無得点で終了。この時点で、時刻は午後10時を過ぎていた。テレビ朝日は、「さすらい刑事 旅情編」の放送中止に続き、久米宏氏がキャスターとして放送されている「ニュースステーション」の時間枠でも引き続き、野球中継を続行した。
試合は9回裏に入り、オリオンズは古川のヒット、続く袴田の送りバントを阿波野と梨田がゆずりあった挙句、阿波野は足がもつれて尻餅。ノーアウト1、2塁の大ピンチ。だが、その直後、阿波野から大石へ牽制球が渡り、ランナー古川がタッチアウト。しかし、セカンドベースカバーに入った大石 大二郎選手がランナーを押出したように見えた。すかさずオリオンズ監督、有藤道世は「今のは守備妨害だろー?」と猛抗議。バファローズファンからは「早く引き下がれぇ~」と猛烈なブーイングを浴びせたのである。抗議は10分に及んだが、判定は覆らず試合は続行。その後、第1戦に続き、9回2アウト満塁のピンチを迎えるが、阿波野は愛甲をレフトフライに抑え、延長戦を迎えた。
しかし、この時点で時刻は10時半を過ぎ、事実上、延長10回の攻防が「最終回」となったのである。(試合開始が午後6時44分、当時、公式戦は延長12回、または試合時間が4時間を超えた場合は新しいイニングに進められない規則となっていた)
先頭打者ブライアントがエラーで出塁、この時はまだ勝利の女神はバファローズを見放してはいないように思えたのだが、終わりはあまりにもあっけなくやってきた。オグリビー三振で1アウト。続く5番・羽田耕一が放った打球は無情にもセカンド森田の正面をつき、自らセカンドベースを踏んで2アウト、そしてボールは1塁手のミットに納まり、併殺完成。この瞬間バファローズの優勝は事実上消えた。
その裏、バファローズナインは無情とも言えるたった1イニングの「消化試合」の屈辱を味わった。しかし、球場まで足を運んだファンの為最後まで試合を捨てず、試合は4-4の引分で終了。パリーグのリーグ優勝は西武ライオンズに決定した。
この試合はプロ野球ファンの熱狂的な支持を受け、この日のニュースステーションは関東地区で30%、そして関西地区では実に46%を記録。大げさに言えば、日本国民の2人に1人の割合でこの試合の中継をご覧になった計算になる。
過密日程の中、死力を尽くして戦ったバファローズナイン。最下位とは言え、プロとしての意地を見せたオリオンズナイン。急遽生中継を決断し、最後まで放映してくれたテレビ朝日。試合終了後、メガホン一つ投げ入れることなく、仰木監督、バファローズナインをたたえた素晴らしいマナーのバファローズファン。そしてテレビやラジオの前で手に汗をにぎりながら試合の行方を見守った何千万の視聴者、聴視者の方たち。
「10・19」は、彼らによって、不朽の『名作』となった。
この年は、ソウルオリンピック、昭和天皇の吐血、リクルート疑惑等、大きな出来事が幾つもあったわけだが、この試合のダイジェストは、ニュースステーションの「年末特集」でも取り上げられた。
そして翌年、バファローズはライオンズ、ブルーウェイブの三つ巴を戦い抜いて、リーグ優勝を成し遂げたことを付け加えておこう。
10・19・・・これにて終焉。
投稿者 shinorar : 01:54 | コメント (0)
2009年05月19日
恩 人
頭の中が真っ白な状態で久方のブログ書き込みです・・・。
どう書き込めばいいのか、正直分かりません。
日本プロ野球界の「記録の神様」と呼ばれ、「プロ野球全記録」、「プロ野球記録大鑑」など数多くの記録本を出版された初代BIS室長・宇佐美徹也さんが逝去された。享年76歳。
・・・現実を受入れる事ができません。(*- -)(*_ _)ペコリ
幼少時代、「王選手のようなプロ野球選手になりたい」夢は、数多く患った病気によりはかなく消えた。それでもすぐにあきらめ切れなかった(であろう)ガキに一筋の光を与えてくれたのが、最寄の本屋で偶然見かけた実業之日本社発行の「プロ野球全記録 54年版」との出会いであった。表紙には王、山本浩二、そして山田久志の写真が掲載されていた。
当時低学年であった身分にとって読めない漢字がたくさんあったが、数字(記録)がなす意味、歴代名選手の偉大さ、プロ野球の歴史の奥深さ、そして 「野球の魅力」 をこの本を通じて知ることが出来、「プロ野球選手になれなくても、この人(宇佐美氏)のような記者になって、プロ野球全記録のような本を書きたい」一つの新しい夢が芽生えた事をかすかに思い出す。
以降、毎年3月、ないし4月の上旬になれば速攻で書店に出向き、「プロ野球全記録」を買うのが自身の年中行事となっていた。1990年後半に入りインターネット上でモノが買える時代を迎えても、この本だけは本屋まで足を運んで購入した。
「いつかは・・・」其の夢は途絶えることなく、30歳にして合作ではあるが記録本の著者として初めて宇佐美氏に挑戦状を叩きつける事ができ、時同じくして、とある会合で宇佐美氏とお会いする事が出来た。
S: あっ・・初めまして・・・○○に務めてます shinorar と申します。宇佐美さんにお会いでき、本当に光栄です
宇: あー○○にお務めなのですか。 いやー、実は記録に対する執着心が一時期無くなったんですが、イチローの出現、そして○○さんの存在が私の記録魂を再燃させてくれましたよ。こちらこそありがとう・・・
その後、約10分位のお時間を割いていただきお話させていただいたが、あまりの緊張で以降の会話内容は全く覚えていない。
最後、宇佐美氏から頂いたお言葉は「今の気持ちを忘れないでこれからも頑張って下さい・・・」
対談を終え、暫くテンパった状況から約20分経った後にして全身が汗でびしょびしょである事にようやく気付いた事を鮮明に覚えている。それ程までに宇佐美さんは 「雲の上の存在」 の方だったのだ。
去年に入ってから、認知症が進行し、データが把握できない状況である事を関係者を通じて伺ったが、対にこの日が来るとは・・・。
私の自宅には「プロ野球全記録 54年版」を皮切りに、野球関連の書籍が約500冊所蔵(実家に戻れば+200)、そして中心部には宇佐美さん著書のプロ野球全記録、全27年分(53年版~2004年)が飾られている。理由はいたって簡単、読む頻度が高いからである。宇佐美氏の魅力は、記録の先にある「人間模様」を、長年の取材と蓄積された分析力を元に描写された事、そして、記録に対する評価を冷静に、分かりやすく表現された事。(時にはプロ野球球団に抗議文を出すほど熱く・・・とも言うかな)
その切り口が自分をはじめ、野球記録マニアから多大なる共感を得、多くの「宇佐美マニア」が生まれたものと確証している。
・・・自分今なにやってるんやろ・・・「いつかは」の本当の夢を叶える前に宇佐美さんが天に召されたなんて・・・。本、そして野球を通して、自身の人生を大きく変えて下さった恩人の一人なのに、何も恩返しできんかった・・・。
宇佐美さん・・・
あなたがいたお陰でどれだけ救われた事か計り知れません。
我が人生の「恩人」の一人です。
これから先、心臓の鼓動が途絶えるまで「宇佐美マニア」の一員として「真の記録」を追及し、
「記録魂」を後世に伝承できる様、精進して参ります。
長い間ホントにお疲れ様でした、そしてホントに有難うございました。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
すんません。構成がバラバラだ多分。
投稿者 shinorar : 02:40 | コメント (0)


