2004年09月27日
終焉
大阪近鉄バファローズがヤフーBBスタジアムで行われたパリーグ今季最終戦に臨み、オリックスとともにチームの歴史にピリオドを打った。両チームは、来季は「オリックス・バファローズ」(ださぁ~~)として1つのチームで新たに船出する。
近鉄球団は2リーグ分立の1950年にパリーグに加入。発足当初は優勝争いに全く絡めずに「リーグのお荷物」、「ボロ鉄」と酷評された時期もありました。
しかし、野性的な選手をそろえた豪快な野球は多くのファンの心をつかみました。「18歳の四番」土井正博、「法政のエース」として入団し、プロ転向後、2番打者として活躍した関根潤三、2年連続首位打者を獲得したブルーム等、弱いながらも優れたポテンシャルを持った選手を輩出しました。そして「草魂」を謳い文句に「最後の300勝」を挙げた鈴木啓示、酒の匂いが消えぬままプレーを続けた「野武士」永淵洋三、メジャー挑戦の道を開いた野茂英雄、東京ドームのスピーカーに打球を当てたブライアント、「ガラスのエース」阿波野秀幸、そして「拝啓」石井浩郎等、ドラフトが施行された1966年以降も強烈な個性を持った選手が続々と現れました。
そして、今も語り継がれる大阪球場での「江夏の21球」、川崎球場での「10・19」、ブライアントが吠えた西武球場での「10・12」。パリーグ発足から唯一、経営母体が変わらなかった老舗球団だったのですが、時代の波には逆らえませんでした。
先週の日経ビジネス(9/20号)で、近鉄球団は譲渡先として関西圏の大手企業、関西電力、大阪ガス、松下電器の3社に話を持ちかけたところ、すべてに拒否されたことが明らかになったそうだ。以前のメルマガで、「万策尽きてない末での合併は許せない・・・」と書いた自分に反省してしまった。
リーグ優勝4回、日本一こそ一度もありませんでしたが、それを超越して、何が起きるか分からないスリリングな試合を、我々野球ファンに見せてくれたチームが日本プロ野球商店(NPB)から店じまいしてしまうのは本当に残念でなりません。次回のメルマガでは感謝の意を込めて、バファローズを讃える内容にしていく予定です。
大阪近鉄バファローズ殿、長い間ホントにお疲れ様でした。どうかこれからの日本プロ野球を末永く見守ってください。
投稿者 shinorar : 2004年09月27日 22:18


